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2月の思い出

極寒の日が続いております。2月は1年で一番寒い月であり、一般的に空手を辞める人は多くても始めようとする人は少ないのではないかと思いますが、私が空手を始めたのは今から遡ること33年前の1986年2月、芦原会館関西本部に入会しました。

その当時は大ヒット漫画「空手バカ一代」の主人公にもなった芦原英幸先生率いる芦原会館の史上空前の「芦原空手ブーム」の時期で…、とここまで書けば私はそのブームの影響で空手を始めたと思われるかもしれませんが、「空手バカ一代」を読んだこともなく、芦原先生も知りませんでした。ただ、体を鍛えたいので何がいいかなと漠然と考えていたぐらいです。

そんな折、たった1人行く宛もなく、大阪なんばの南海電鉄南口、通称「なんばCITY」をブラリと歩き、友人とよく遊んでいたビリアードセンターの前を抜け、大阪球場近く、電車高架下前の路地に「空手」と書いた置き看板に遭遇しました。

どうやら、その前の建物の2階部分が道場のようで看板には「道場生募集」「見学歓迎」と書いてあります。『空手か…ちょっと見てみよう』と思いつつ、階段を上がっていくと、「セイ!」「セイ!」「セイ!」と成人男子の迫力の気合の声が響きます。さすがに躊躇して(汗)、階段を立ち止まっていると、「見学ですか?」と後方から階段を上がってきた道場生らしき人に声をかけられました。私より少し年上の“優しそうな”お兄さんでしたが、「はい」と返事をすると「どうぞ、上がってください!」と…。1人しか上がれないような狭い階段、下から促されると、もう降りられません(笑)。

でもって、見学するに至り、成人男子だけで30人のクラスは迫力満点。私を導いてくれた“優しそうな”お兄さんは黒帯を締めており、凄く強い!自由組手を見たとき、怖くなかったといえば嘘になりますが、『強くなってやろう』という気持ちが勝り、入会するに至りました。以降、10数年在籍することになるのですから、人生どこでどうなるか本当にわからないものです。

現在では、その当時の道場、近隣の大阪球場やビリヤード場はなくなっていますが、懐かしい思い出です。縁とは不思議なものであります。もし、33年前の2月のあの日、あの路地で「空手」の置き看板に遭遇しなければ、私は今こうして空手をしていることも、道場生の皆さんと出会うこともなかったでしょうか。

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2月6日 中央道場

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2月7日 河南道場

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2月9日午前中 河西道場

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2月9日夜 和歌浦道場

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